【平成23年6月23日 浜松まつり総会における会長挨拶(経過説明)】

本日は、お忙しい中浜松まつり総会にご出席いただきまして、ありがとうございます。
日ごろより、浜松まつりの運営につきまして、多大なるご理解・ご協力をいただき、厚くお礼申し上げます。
さて、3月11日に発生した東日本大震災の発生から3ヶ月が経ちました。しかし、今もなお、約8千人の方が行方不明のままであり、がれきの撤去もままならない状態が続いております。
このような中、本市としても、大船渡市への職員派遣や市民の皆様の協力もいただきながら生活物資の支援を行っております。
まつり行事の自粛をお願いいたしました5月の連休中には、特に大きな混乱も無く過ごす事ができました。これもひとえに皆様方のご協力の賜物と思っております。心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
さて、浜松まつりは、自治会連合会、商工会議所・浜松市・観光コンベンションビューロー、参加自治会の代表である凧揚げ部、総務部など、4団体6部会で構成する「浜松まつり本部」が行う共同事業で行ってまいりました。
本来地域住民の皆さんのものである浜松まつりに、市が関わってきたのは、浜松市民の一体感を盛り上げることができる行事であること、浜松市の活力を全国に発信できる行事であること、観光などの産業振興に貢献するものであること、などの理由によるものです。
この中で、市は浜松まつり本部事務局を担い、市内外への宣伝・情報発信、警察との折衝や民間警備員の手配、まつり期間中の道路の安全監視、市民からの苦情処理など、まつりの裏方としての仕事を受け持つとともに、一定の経費と市職員をはじめとした要員を負担することで、浜松まつりの発展と円滑な運営に貢献できているものと考えております。
さて、浜松まつりの中止に至った経緯と理由についてお話しさせていただきます。
最初に、3月18日に決定しなければならなかった理由についてお話しさせていただきます。
ご存じのように、浜松まつりは、全国で開催されるイベントの中でも、人出の多さ、関係者の数、3日間という開催期間、特に準備期間の長さなど、その規模はとりわけ大きなものでございます。「浜松まつりは準備の段階から始まっている。」と言っても過言ではないでしょう。
規模が大きければ大きいほど実施・中止の影響が大きく、その判断が遅れるほど影響が広がってしまいます。さらに、当時は日本全体が非常事態のただ中にあったことから、迅速な判断が何よりも求められておりました。
このような中で、3月の3連休の直前の3月18日前後には会所開きを行う自治会が多く、経費的な影響が拡大してしまうため、会所開きをする前に早く決定をして欲しいとの声が多く寄せられていたことから、実施か中止かの決定を行う最終ラインであったと考えております。
また、規模の縮小、鳴り物や練りの規制をした開催を検討をいたしましたが、初子のお施主さんから参加を辞退したい申し出をはじめ、まつりを担うみな様方からも、まつりの性格上、鳴り物や練りなどの中味のコントロールは困難であり、中途半端なまつりはすべきでないなどの意見も多く出されたため、規模縮小をしての実施などは採用できませんでした。
次に当時の市民の皆さんからのお考えです。
震災から1週間後のことを思い出しますと、3月15日に静岡県東部地域を震源とする、マグニチュード6.4・最大震度6の地震が発生をいたしました。福島第1原発では、建物の水素爆発があり、原子炉冷却のために決死の放水作業が行われておりました。また、テレビでは津波の映像が毎日繰り返し流され、我が国全体が不安な空気に覆われていました。
当時は、浜松まつりの自粛を求める声が圧倒的に多く、一般の市民の皆さんのみならず、まつりに参加をされている皆様方からも、「あの、惨状をみると凧を揚げ、ラッパを吹いて心から楽しむ気が起こらない」、「ラッパの練習をしていた子供たちが、市民から怒られてかわいそう、今年は自粛すべきだ」といったような声が数多く届いておりました。
このような状況の中で、総務部会では、地域を挙げて初子を祝うという一体感が身上である、浜松まつりの運営が、事実上困難であると判断し、開催しないほうがよいとの結論に達しました。
さらに、3月18日前後は、静岡県東部の地震は終息に向かうのか、長野県北部のように他の地域でも大きな地震が発生する可能性があるのか、福島の原発での放射能の影響はどうなるのか、など先の見えない状況でございました。
このような中、市の職員を被災地支援に何人派遣をするのか、被災地の警備にすでに派遣されていた県警に、例年通りの動員をお願いできるのか、会場清掃や駐車場の誘導などのボランティアの皆さんにご協力をいただけるのか、など必要な情報も不足をしておりました。
このように、当時の「空気」だけではなく、まつりの安全な運営体制の確保という観点も含めた様々なことにつきまして、浜松まつり本部を構成する4団体で協議した結果、中止という苦渋の決断をさせていただきました。
しかしながら、この空気が次第に変化をしてまいりましたのは、石原都知事が3月29日に「お花見自粛を」と言って物議をかもした頃以後でございまして、4月に入ってからは閣僚などの、いきすぎた自粛の中止を求める意見が、目立つようになってまいりました。「なぜまつりをやめるのか」といった市民の声が多くなってまいりましたのも、この頃であったと記憶しております。
今回の反省点として、どのような場合にまつりを中止をするのか、それはまつりの何日前までに決定をするのか、どういうプロセスで決定をするのか、その場合の周知方法はどうするのか、などといったことについて全くルールが決められておりませんでしたので、説明が不足することとなってしまいました。
このため、初子のお施主さんをはじめ、多くのまつり関係者のみなさんに、ご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます。
今後は、運営体制の見直しを含めて、今回のような大規模災害だけではなく、大規模な事件や事故、感染症の流行があった場合などに、浜松まつり開催をどうするのかといった意思決定のプロセスを明確にするなど、この経験を次に活かす方法を、皆さんと考えてまいりたいと考えております。
今回の大震災では、可愛い我が子を亡くされた方、幼くして命を絶たれた子ども達、そして、我が子の成長を、見届けることができずに亡くなられた親御さんも、大勢いらっしゃいます。
しかし、幸いにも私たちは元気に来年を迎えることができるわけであります。被災された皆様方の分まで、子どもの誕生を祝い、成長を祈るという浜松まつりを、来年は盛大に開催ができますよう、なにとぞ皆様方のご協力をお願い申し上げまして、中止に至った経過の説明と来年実施に向けた意気込みとさせていただきます。
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