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  • トリイソース(とりいそーす)

    小さなソース工場ですが、お酢も一から作っている手造りの現場をご覧いただけます。

    郵便番号430-0805
    所在地 浜松市中区相生町20-8
    電話番号 053-461-1575
    URL http://www.torii-sauce.jp/

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  • 静岡大学 高柳記念未来技術創造館(しずおかだいがくたかやなぎきねんみらいぎじゅつそうぞうかん)

    「テレビの父」の偉業と巨大メディアの原点を知る

    郵便番号432-8561
    所在地 浜松市中区城北3丁目5-1
    電話番号 053-478-1402
    URL http://www.nvrc.rie.shizuoka.ac.jp/takayanagi/

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  • 浜松城(はままつじょう)

    永正年間(1504~20)三善為連の築城に始まり、今川氏真を掛川に攻めて遠江を得た徳川家康が元亀元年(1570)に入城して増改築し、駿府に移るまでの17年間を過ごした城。明治の廃城までは五万石ながら代々譜代大名の居城として高い格式を保ち続けた。昭和33年、往時の石垣の上に天守閣が再建された。別名、出世城とも呼ばれている。

    所在地 浜松市中区元城町100-2
    電話番号 053-453-3872

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  • アクトタワー展望回廊(あくとたわーてんぼうかいろう)

    地上45階、高さ185mの展望回廊からの眺望は東海地方屈指

    郵便番号430-7733
    所在地 浜松市中区板屋町111-1
    アクトタワー
    電話番号 053-459-0112
    URL http://www.act-okura.co.jp/info/in03.html

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  • 蜆塚遺跡(しじみずかいせき)

    3,000から4,000年前の縄文時代後期のムラ跡で、発掘調査により28戸の住居跡と3カ所の貝塚、30体の人骨などが発見されている。住居跡に5棟の平地式家屋が復元され、貝層は合成樹脂で固めて永久保存されているほか、市内の古民家も移築。出土品は浜松市博物館に展示されている。

    所在地 浜松市中区蜆塚4-22-1
    電話番号 053-456-2208

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  • 犀ヶ崖古戦場(さいががけこせんじょう)

    三方ヶ原台地がき裂・陥没してできた長さ2km、深さ9m、幅50mの断崖。徳川軍はこの崖に布の橋を渡し、犀ヶ崖北方に陣営を張る武田軍に奇襲をかけた。周章狼狽した武田側の兵馬は崖下に落ち、多数の死者を出した場所。崖上には石碑がたち、両軍の戦死者を奉る宗円堂がある。

    所在地 浜松市中区鹿谷町25-10
    電話番号 053-472-8383
    URL http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/enjoy/culture_art/saigagake/saigagake.html

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  • 東照宮(引間古城址)(とうしょうぐう(ひくまこじょうあと))

    権現様(家康)を祭るお宮。浜松城の前身となる引間城址でもある。

    所在地 浜松市中区元城町
    浜松市中区元城町

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  • 二代将軍秀忠誕生の井戸(にだいしょうぐんひでただたんじょうのいど)

    西郷局が秀忠を生んだ場所については2説ある。ひとつは浜松城内の二の丸。もうひとつは現在の常磐町地内。現在石碑が建てられ、井戸があった位置を示すように、地面に石で井の字が組まれている。

    所在地 浜松市中区

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  • 太刀洗の池(たちあらいのいけ)

    家康の家臣が佐鳴湖畔で築山御前の生命を断ったとき(1579年、御前38歳)、その血がついた太刀を洗った池の跡。現在浜松医療センター前に史跡碑と説明板が建っている。

    所在地 浜松市中区富塚町

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  • 家康公鎧掛松(いえやすこうよろいかけのまつ)

    合戦より戻った家康が休息したと言われる松。現在は三代目。

    所在地 浜松市中区
    URL http://www.hamamatsu-navi.jp/shiro/stroll/index.html#m6

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